#ありがとう115系 によせて

 

拝啓 115系

 

‪ ‬こんにちは、お久しぶりです。

‪ ‬高校時代の三年間、あなたにお世話になった者のひとりです。ご挨拶が遅くなってしまってごめんなさい。あなたがわたしの最寄りの路線でラストランを迎えたと聞いて、いてもたってもいられなくて、これを書いています。少しだけ、わたしの話をさせてください。

 

‪ ‬あなたが引退する、というニュースを、少し前にネットで見かけました。そのときのわたしは、東京での私生活が忙しかったり、なかなか実家に帰れていないこともあって、ふうん、そうなんだ、まあ古そうな電車だったしなあ、なんて、他人事のように思っていました。ごめんなさい。元々電車に詳しい訳でもなくて(というか、今も全く詳しくは無いんですが)、久しく最寄りの路線にも乗っていないせいか、なんだかあまり実感が湧かなかったこと、よく覚えています。

 

‪ ‬そして昨日。ツイッターで、偶然、あなたのラストラン、最後の車内アナウンスの動画を見かけました。

‪ ‬動画を再生して、気付いたら涙が零れていました。何が悲しいとか、そんなこと、ひとつも思っていなかったはずなのに。きっとそれだけ、わたしの青春の中で、あなたの存在は大きかったのだと思います。

 

‪ ‬生まれも育ちも群馬県のわたしは、初めて乗った電車も115系でした。成人して、上京してきたいまでも、わたしにとっての電車のイメージは、あなたの中にあります。初めて、友達とふたりきりで遊びに行った小学生の頃。親に頭を下げて、好きなアーティストのライブに行った中学生の頃。そして、ほぼ毎日のように電車に揺られた高校生の頃。わたしの全ての思い出の中に、あなたは存在し続けてくれています。高校時代は特にお世話になりましたね。一時間に一本しか運行していないあなたのため、乗り遅れまいと通学路を全力疾走したこと。ふかふかの四人掛けシートに座って、帰り道、友達とずっと喋り続けたこと。車両の窓を開けて、涼しい風に吹かれた夏の日のこと。全部全部、わたしの大切な思い出です。本当にありがとう。

‪ ‬そういえば、上京してからというもの、あなたの話は飲み会でもとってもウケが良かったんですよ。イマドキ、電子マネーも使えない、ボタンもない、手動ドアの路線、って言っても、なかなか信じて貰えなかったけれど。まだそんな電車が残ってるんだ、と言われる度、なぜかちょっと誇らしい気持ちでいたのに、もう笑い話にはできなそうです。

‪ ‬50年以上運行していたあなたのことです、きっとわたしと同じように、たくさん人の思い出や、記憶や、青春を乗せていたことでしょう。それが次の世代に受け継がれないこと、今更ながら凄く凄く悲しいですが、もしもわたしに子供や孫ができたら、あなたの歩んできた景色を見せて、たくさんあなたの話をしようと思います。それが、わたしなりの恩返しだと信じています。

‪ ‬あなたの運行が終わると聞いて、たくさんの人が悲しんでくれているのも見かけました。ふるさとがこうして愛されていたことも、嬉しかった。わたしは母校の小学校も中学校も閉校してしまって、とうとうあなたも、わたしの思い出の中だけの存在になってしまうけれど、この気持ちごとずっと胸の大切なところに、しまっておくことにします。そうすればきっと、あなたは美しいままそこで生きていてくれるはずだから。

 ‬動画をみてから色んな気持ちがこみ上げてきて、いざ文章にしようと思っても、その気持ちがぐちゃぐちゃのままで、困りました。でも、こうして、わたしがわたしの記憶を形にしたことに、きっと意味があると信じています。

 

‪ ‬文章がまとまらなくてごめんなさい。わたしなりに、あなたへの気持ちを伝えたつもりです。今まで本当にお疲れ様でした。そして、本当にありがとう。あなたのいた青春を過ごせたわたしは、きっととても幸せ者です。

 

敬具